南野 尚紀
『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』には、「傷つかなくなることについて」と言うタイトルのエッセイがある。
内容としては、村上春樹が30代前半の頃、アメリカの雑誌に「歳をとって性欲が減退したことが、よろこばしい」という男性のコメントがあって、それに対しては、いい側面と悪い側面があると思うけど、歳をとって傷つきやすくなくなったということはあり、傷つくことはひとつの若い人の傾向だし、権利だということが書いてある。
さらには、作家をやってると、傷つきやすいままではいられなくなるとも。
確かにだれも傷つきたくて、傷ついているわけではないが、どうしてもなにかの事情で不快なことに触れてしまうことはある。
村上春樹のように傷つくことが権利とまでは思わないけど、それで傷つかなくなった分、他の代償を払うように人生は設定されてるのではないかというのが、僕の持論だ。
オーストリアの精神分析学の祖・ジークムント・フロイトも、抑圧された感情は他の形をとって出てくるということを言っている。
たとえば、嫌いだと思ってる人に会わなくちゃいけない日に、なぜか遅刻をしてしまったとか、嫌いな人間が好きな有名人の話を聞くのも嫌になるように、嫌い人間と関係がある話を聞くのも嫌になるとか、そういうことはふつうにあることだ。
歯を治療した後に、その治療した歯の穴を舌の先で確かめたくなることは、人間あるだろし、ファントムペイン、日本語では幻肢痛というが、なくなったはずの腕が痛いということを感じる人が現実にはいるくらいで、痛みを感じるということは、本来、生物の機能として大切なことなのだろう。
僕は恋愛体質で、本当に恋愛や女性が好きなんだけど、一度、今まででいちばん好きだった人に、朝、通勤の時にメッセージが来て、フラれたことがあって、それがのたうちまわりたくなるくらい辛かったのに、仕事だからということで、強引に感情を押し殺して、その後も、傷ついたら前に進めなくなると思い、押し殺し続け、結果として、好きな女性を喪失したという感覚や痛みをほとんど感じることなく、今までずっと来た。
今でもその人は好きで、その人と同じくらい好きになれる人とぜひ結婚したいと思ってるんだけど、目に見えないところで、その感情を押し殺してしまったことによる代償を払ってるんだろうなと思うことがある。
ダメージを受けたタイミングで傷つきたいだけ、傷つけないというのは辛い。
僕も女の子のように、好きな女性のもとで大泣きしたいことがあるけど、不思議とそんな感じがするだけで、泣いたり、大きく傷ついたりしなくなった。
生きてかなくちゃならないからね、人間。
村上春樹の嫌なことは見ない聞かない、まずは奥さんのことを考えて、世間は二の次もいいアドバイスだなと思う。
ただ、嫌なことでも、奥さんや好きな女性に関係があれば、見る必要があるんだろうけど。
心の成長は、ダメージではなく、前むきな経験や実りのある努力でしたいもんだなぁと思う、ほんとに。
了
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