評論 『村上龍 VS 村上春樹 ウォーク・ドント・ラン』 言葉を信じられない春樹、ヒッピー小説を書きたかった龍

南野 尚紀 

 村上春樹ライブラリーをウェブサイトで紹介したくて、早稲田まではるばるやってきた。目的は、ライブラリーを紹介するだけでなく、村上春樹関連の本で、絶版になってる貴重な資料を探すことにもある。

 資料を読んでる途中、遅い午後の木漏れ日を受けながら、やけに古い感じのする購買で、マウント・レーニアとトロピカーナのリンゴを買って、ライブラリーに戻りつつ思った。

 この図書館は、読書が好きな一般の人が、学生に戻ったような気分で読書や作業ができるようにするためにもあるんだと。

 トロピカーナを飲みながら、さっき読んだ、村上春樹と村上龍の対談集『ウォーク・ドント・ラン』についてのエッセイのどの部分に触れようか考えていた。

 この本は、Amazonで調べると、中古でもほとんど手に入らない代物になっているので、読んでみたい方は、ぜひ村上春樹ライブラリーまで来ることをオススメする。

 村上春樹はこの対談の中で、龍と「飲み屋にいると、学生運動の頃のことを自慢げに話す人がいて、それがくだらないからやめてほしい」と話していた。

 さらに村上春樹は、「20歳の頃、映画のシナリオを書きたいと思ってた」ということに続いて、学生運動のアジが過ぎ去ってみるといかにつまんないものかがわかって、言葉になんの意味もないと思い、10年間なにも書く気にならなかったと話している。

 村上龍は、九州から東京の米軍基地がある福生に住んで、ヒッピーになって、ヒッピーの人たちと話して、ヤク物で死ぬ人とかを見て、こんなのやめて、小説でお金を稼ごうと思ったそうだ。

 村上春樹は当時、英語の本ばかりを読んでいて、もしかしたら記号で小説が書けるんじゃないかと思い立って、『風の歌を聴け』を書いた部分もあるとのこと。

 村上春樹に関しては、時代のせいにしないで、言葉が形作る人間の精神の高貴さとか、言葉によって神の国に人を近づけるのが作家だとか、そのくらいのことを考えて小説を考えてほしいと、ファンクラブのエッセイに書くことじゃないんだけどそう思う。

 村上龍に関しては、小説は嫌いだけど、ヒッピーだったというのは、やはり好感が持てる。

 僕が思い描いてるみたいな、旅行して、エスニック調の服を着て、愛と平和、あるいはそのための強い言論と戦争とか言ってるのとは違って、個人が制度化されることへの反抗として、ヤク物をやってたようで、それだったら、スペイン語でも勉強して、スペインにでも住めばいいのにと思うんだけど、権威に争うということがどうしてもやめられなかったようだし、拝金主義の作家がむしろかっこいいということでやっていたのかどうかはわからないけど、僕はなんだか意識が低い人だな、キレイな服着て、高尚な文学作品を書いて、愛と平和、そしてそのための戦いに生きればいいのにとか、そんなことしか思わない。

 その他に龍はおもしろいことを話していて、美大の学生で油絵を描いてたけど、何回、賞に出しても、どんなにランクを落としても落選してしまい、本当のヒッピー小説を書きたいと思ったことが、作家を目指すきっかけだそうで、ただ彼の書いたヒッピーはうらぶれすぎててダサいなとか、小説の冒頭からゴキブリが出てくる部屋で、かつ女性をバカにしたような書き方で、セックスするシーンが書かれてて、この人は美大でルネサンスの絵とか見なかったのかなって思った。

 春樹は方法論ありきで作品を書くって話してるんだけど、『1973年のピンボール』もピンボールの小説を書きたいっていうことで、はじまったらしい。元々、1つの言葉から、書きはじめるのが好きだそうで、話を進めてって、辻褄を合わせてたそうだ。

 僕は哲学やテーマありきで、それらのために小説があるって思ってるから、全然賛同はしないし、トピックとかモチーフありきで書いても、絶対哲学とテーマが全面に出るから、同じことになるんだけど、春樹は軽い読み物を書きたいというところからじはじまってらしいことは読めばすぐにわかるので、それはいいことだなと思う。

 第1章の終盤で、龍がブローティガンに「3作目の作品を書いてて、1作目は成功し、2作目はだいたい、好意的に迎えられた」と質問に答える形で話したら、「きみは、自分の運と才能を登りつめた高い崖の上にいる。そこから先は、もう飛ばなきゃならない。落ちてもいいんだ」とブローティガンが言ったそうで、この話には龍同様、勇気づけられた。

 僕は大きな賞なんて受賞してないし、特にいらないとも思ってるけど、デビュー作は、文学の世界に入るための名刺とか切符みたいなものだと思ってて、その後、独自の道を切り開いて、評価を受けなくても、世俗的な場所から高いところに登りに行かないと結果として、歴史に名前を残す作家にはなれないと思ってる。

 もっとも、僕の話がところどころに出てきて申し訳ないけど、僕は少数でもいいから、本当に自分が伝えるべきだと思う、最善に近い作品を届けたいという前提が当たり前になって書いてるから、彼の言うことは納得だ。

 もちろん、文学お役立ちエッセイとか、その他の軽いものは全然、別だけど。

 この本は第2章、第3章まであるので、続きも書く予定だ。

 村上春樹のファンの方、ぜひお楽しみに。

了 

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