評論 村上春樹 「駄目になった王国」 表面だけかっこいい人間がいかに悪いか、国際政治、倫理の観点から

南野 尚紀 

1. イントロデュース

 古今東西そうだけど、政治の問題で重要なのは、責任を果たせるかどうかで、これは恋愛、もっと言えば結婚の話においても重要だ。

 僕は周囲ではそういう話ほとんど聞かないんだけど、昔、友だちの女の子から、「イケメンに見えるけど、本当にクソみたいな奴がいる。旅行先で、女の子ナンパして、妊娠させて、責任取らないでオロせって女の子に強引に言うんだけど、そういう奴って本当に最低だよね。イケメンじゃなくても、信頼できる人がいいあたしは」っていう話を聞いたことが一回だけあって、実質レイプ魔のやることとほとんど同じだと僕は思った。

 僕はそういう奴って、本当に世の中から出てこれないようにみんなで見張るべきなんじゃないかって思うし、イタリアは紳士が多いからそういうことは考えられないんだけど、責任を果たすこと、そして、女性を大切にすることがいかに重要かということを思い知らされる。

 今回評論する村上春樹の「駄目になった王国」は、主人公が元友だちだったとしてる悪い男をあまりにもよく書きすぎてるので、そこがよくないと思ったが、すぐれている面もあるので、そこをピックアップすることにした。

 村上春樹はこの小説を軽い小説として書いただけなのかもしれないし、本来それでも悪いことを書いてしまったのだけど、その反省も含め、いかに表層だけの文化が悪いかということについて論じていきたいと思う。

2. 作家紹介

 

 一九四九年京都生まれ、兵庫出身。早稲田大学卒業後、東京の国立でジャズ喫茶「ピーターキャット」を経営する。一九七九年、初めて書いた中編小説『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞。一九八二年、『羊をめぐる冒険』で野間新人文学賞を受賞。その後も数々の賞を受賞し、二〇〇六年にはフランツ・カフカ賞も受賞。

 代表作に『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、『色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年』、『騎士団長殺し』がある。

 海外移住や旅行経験も豊富で、英語が堪能。翻訳者としても有名で、多くのアメリカ文学の小説を日本語に翻訳している。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を敢えて、英語名の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と翻訳し、タイトルをつけたことは、文学の世界では有名。

 初めて書いた小説、『風の歌を聴け』は一度、新しい文体や雰囲気を発見するために、英語で書いた文章を日本語に訳して、賞に投稿した。

3. あらすじ

 駄目になった王国の裏手には魚が泳いでいる川がある。

 その王国の川の魚は魚だから当然だが、投票だってしないし、税金だって納めない。そして、川辺りを通る人々は、駄目になった王国の旗を見て、「ほらごらん。あれが駄目になった王国の旗だよ」と話す。

 主人公の僕は、大学生の時、ある男と友だちだった。

 その男はピアノも上手いし、小説も嗜むし、ハンサムなので女性にモテるのだそうだ。

 しかし、ある日、赤坂のホテルのプールサイドで主人公がデッキチェアに座ろうとすると、その男に偶然、遭遇する。

 女性と一緒にいるのだ。

 しかし、男が主人公のことを忘れている様子だったので、主人公も話をかけない。

 主人公は本を読んでいたが、女性の話が気になって聞きいってしまう。

 どうやら男はディレクターらしく、女性はなにかの事情で番組を外されることになった有名な歌手か女優のようだ。

 男は「上の方で決まったことだから」と話していて、女性の「じゃあ、あなたにはまるで責任も発言力もないってことね?」という言葉に対し、「まるっきりないわけじゃないけど、とても限られたものだよ」と話す。

 女性は男性にコーラを買わせに行って、「あまり深刻に考えちゃだめだよ」と男に話し、コーラの入ったコップを顔面に投げる。

 その後、女性は立ち去ってしまい、男は僕にコーラがかかったことを誤ったのち、消えていく。

 最後は、「立派な王国が色褪せていくのは」、「二流の共和国が崩壊する時よりずっと物悲しい」という新聞の夕刊で締めくくられている。

4. 本論

 駄目になった王国というのは、赤坂のホテルのプールサイドで女性に顔面にコーラをかけられた男のことを暗に言っていると思うし、言ってないとすると筋が通らない小説になるので、それは明らかだろう。

 この小説のおもしろいところは、作品の構造そのものや表現のひとつひとつに、この男の弱点やこの男が駄目になっていく原因の推測ができることが含まれていることだ。

 例えば、イントロデュースで僕が悪い男を褒めすぎと書いたが、まったくの間違いでもないことは事実で、散々、褒めておいて、事実を突きつけ、その人がいかに悪いかを証明するような構造になっていることは、寓話になってる以上、明らかで、そのことが悪い男が駄目になっていく原因の大きな要素だろうということは読み取れる。

 世の中には、わざと人の大したことない部分や自分に都合のいい部分だけを都合のいいように褒めて、逆の部分を批判したり、否定する、ひどい場合は、暴力や不法な行為を伴って脅す、ケガを負わせる、殺害するということがある。

 ロシアもそうだし、中国も、北朝鮮も実際、そうだ。

 中国では愛国無罪ということが言われているが、国に都合のいいことであれば、国際社会、倫理的な観点から見て、どんなに悪いことをして許されるということにしているし、その逆で犯罪でないことでも、死刑にしてしまうことがある。

 日本ではほとんどニュースにならなかったが、オーストラリアで官僚をやっていた中国人が、スパイ小説を書いた後に、一時帰国したら死刑宣告を受けたという事件があった。

 その小説を読んでいないので、明確なことはわからないが、小説である以上、フィクションが前提なので、どんな小説を書いていても、それを理由に犯罪にはできないはずだ。

 もちろん、美学的、倫理的に書いてはいけないことはある。

 しかし、この事件そのものが、スパイ小説を書いた中国人には申し訳にないが、中国がいかに危険な国かを証明してしまったのだ。

 つまりたとえ話でなにかを国外で言ったことが判明しただけでも、中国政府に都合が悪ければ殺すということになるからだ。

 人権や国民に主権のない国の恐ろしさは、国家が国民に責任を負わないどころか、国民を平気で犠牲にして、国際社会の批難を浴びても関係のない、実態が不明なプライドでもない理解不能なものを守っているという部分にある。

 村上春樹のよくないところは、単に構造だけの問題で終わらないところを単に構造の問題だけと捉えてしまったところにあるだろう。

 しかし決定的なのは、構造としては、女性に批難され、見捨てられて、味方がいなくなり、滑稽な国として嘲笑われて終わるということが、どうも古典古代から動かすことができないくらい決定してるらしいことだ。

 もっと言えば、古典古代から決定してるとされている部分を、引き継ぎつつ、もう世の中に出てこれないように、厳しく見張るとこういう悪い人間や国は出てこられなくなるということも推測できる。

 女性がコーラをかける前に、悪い男であるQ氏に言ったことも重要だ。

「あまり深刻に考えちゃだめだよ」。

 単純な話だが、コーラをかけられる前に言われたこと一言は、その後の行為からもわかる通り、深刻に考えるべきだということの逆をわざと言ってるという推測が成り立つ。

 東ヨーロッパの国の人々というのは、聡明な人が多く、文学作品も普通では考えられないくらインテリジェンスがある。

 ロシアとウクライナは今、戦争をしているが、ゼレンスキーの話によると、ロシアがやった穀物船、パン倉庫の爆破、民間人の攻撃、子どもの拉致事件などの数々の悪行を、国際憲章違反だと主張し、先進国やロシアの味方をしてる国を呼んで、正しいとどうかを問うことによって、ロシアに勝てるということだそうだ。

 この小説の構造にも表れている通りだが、女性がみんなが見てるところで、悪い男の悪行を披瀝させて審議させていることと、ゼレンスキーの取る方法は共通している。

 倫理観、美学、構造を捉える力、これが日本の政治にも必要だということもこのことからは推測がつく。

 深刻に考えない、目の前にある表層的な出来事のみの対応、構造で物事を捉えない、倫理観、責任感、表層的でない美学、これがない国は衰退する。

 日本が今後どうなっていくかは、僕にはわからない部分も多いが、日本の保守や村上春樹のようにリベラルになってしまったが、欧米を愛する人にはぜひ救われてほしいとは思う。

 イタリアからイタリアの政治や、政治の小説にとても価値があるということを証明するために、僕が運営する4つ目のウェブサイトは、「政治と文学」、「イタリアと日本」、「伝統を保守することの正しさ」を発信するサイトにしたい。

 村上春樹が今後、どういう小説やエッセイを書くか、人生の終盤戦で、今回挙げた問題点を是正した本を書けるか、僕は楽しみにしている。

5. 参考文献

 村上春樹 『カンガルー日和』所収「駄目になった王国」 講談社文庫

了 

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