ラブホテルの名前はかっこいい方がいいよね、助詞中心の保坂和志のタイトルのつけ方

南野 尚紀 

 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』というエッセイには、「インカの底なし井戸」というエッセイがある。

 内容は奥さんと日本中のラブホテルをめぐって、ここにはあんな名前のラブホテルがあったっていうふうに見てまわる旅をしたいということで、それにまつわる、こんなラブホテルの名前があったって話してるエッセイだ。

 このエッセイにはなんでこのラブホテルにはこんな名前がついてるんだろうとか、村上春樹がいろいろ考えるエッセイで、タイトルがなぜ「インカの底なし井戸」なのかは、ここでは書かないが、僕はあんまり不思議な名前のラブホテルは見たことがない。

 20代前半の頃、東京にいた時、すごい名前だなって思う居酒屋とかパブの名前を見たことはある。要するに「よっちゃん」みたいな名前のものに、もっとエッジが効いたものだけど、ああいう自暴自棄な感じがする、捨て身の名前をつけるのは、「これで俺は生きてくんだ」みたいな潔よさを感じる。

 むしろ今のラブホテルは、「555 MOTEL-SHONAN-」とか、「ノアリゾート湘南」とか、かっこいい感じの名前とか、昭和風の名前をわざと変えてないところが多い気がする。

 最近はそうでもないけど、小説もエッセイもタイトルをつけなきゃいけないから、一時期は店の名前が気になってしょうがないことがあったし、小説は人にも名前をつけるから、家の表札でどんな苗字があるのか気になって仕方ないこともあった。

 海外の音楽の曲の名前を調べるのも好きだし。

 僕が仮に、ラブホテルの経営者になって、名前をつけるとしたら、どんなのがいいかな、そうだな、昭和風に、ジャズマン・渡辺貞夫の名曲「カリフォルニアシャワー」っていうのを取ってきてもいいし、不思議ないかがわしい感じにするなら「オルターエゴ」なんていうのもいいし、しっかりするなら「Bellissimo」とかイタリア語で「キレイだね」って意味なんだけど、そんなのもいい。

 僕は性的なものを茶化したり、エンタメ化するのが好きじゃないので、恋愛や性にまつわることの美意識は高く保ちたいし、なんでもキレイにしたい。

 三島由紀夫の小説のタイトルは、「音楽」とか、「金閣寺」とか、短い名詞が多かったし、保坂和志は逆に「猫に時間の流れる」とか、「鉄の胡蝶は夢に歳月は記憶は彫るか」みたいな文法破壊までやってる強者なんだけど、なかなか個性的だ。

 タイトルは名前なので、基本は名詞が中心に来るんだけど、保坂さんの場合は、助詞が中心になってるのがすごいし、人間にはそんな名前はつけない。

 僕はある程度、どんな内容のエッセイなのか、内容がわかるようにタイトルをつけることが多い。

 もちろん、叙情的で感覚的な要素を含んでるものはそうじゃないタイトルをつけるけど、テーマ主義的で美学的なメッセージを伝えることの比重が重いタイトルは、タイトルで蹴られたくないなって思いがあって、見出し的にしてる。

 それでも、タイトルはかっこいい方がいい。

 三島はタイトルを見た時と、読んだ時の感じが違うことが多くて、それが狙いなのかはわからないけど、個人的には保坂和志のタイトルつけ方はあこがれる。

 僕は自由に書く気がないから、保坂さん、冒険的でいいなと。

 なんにしても、名前というのは不思議な力を持つものなので、大切に、それでも時に突き放すようにあっさり決めたいと思う。

了 

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